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アメリカのインターネット事情[第一弾]回線・ファイバー事情

  • 執筆者の写真: ケイゴ
    ケイゴ
  • 1 日前
  • 読了時間: 7分

こんにちは。IIJ Americaでネットワークエンジニアをしているケイゴです。ここでは、IIJ Engineers Blog『アメリカのインターネット事情』に書いた内容を、さらに詳細に掘り下げた記事を数回に分けてお届けします。今回はその第一弾として、「回線・ファイバー事情」というテーマで記載します。

元記事では、アメリカのインターネットが「国土の広さ」「建物の歴史」「地域ごとの規制」「都市と郊外の格差」といった要因によって、日本とは全く異なる構造を持っていることを紹介しました。今回はその中から、プロバイダー事業と特に関わりの深い「回線・ファイバー」に焦点を当て、さらに詳しく掘り下げていきます。



プロバイダー選びは、『技術』よりも『前提条件』によって決まる

日本でオフィスや家庭にインターネット接続が必要になった場合、必要な帯域や金額を比較しながらキャリアを選ぶことが多いと思います。しかし、アメリカでは日本での常識が通用しない場面が多々あります。その理由は、回線の接続可否や品質が、技術要件以前に「建物」「立地」「歴史的経緯」といった要素によって決まってしまうからです。

例えば、都市部であっても、隣のビルで利用できているインターネット回線が自分のビルでは利用できない、悪い場合には、同じビル内であっても階数や部屋の位置によって利用可能な回線が異なることがあります。また、ビル内で選択できるインターネットプロバイダーが1社しかないケースも珍しくありません。そのため、異なるキャリアを利用して冗長構成を取ったつもりでも、実際には物理的に同じルートを通っている、というケースも少なくありません。

このような背景を理解しないまま、日本と同じ感覚で準備を進め、途中でこれらの事実が判明すると、前提条件そのものが崩れてしまい、設計のやり直しや大きな手戻りが発生します。そのため、米国でキャリア冗長構成や特定キャリアの利用を検討している場合には、物件探しの段階から、どのキャリアが利用可能かを確認したうえで入居を決める必要があります。

特にニューヨーク・マンハッタンのような都市部では、歴史のあるビルに新しいキャリアが入線すること自体が、非常に高いハードルとなります。工事条件が厳しく設定されていたり、場合によっては新規事業者の参入を一切認めない方針のビルも存在します。

また、工事の際には COI (Certificate of Insurance)と呼ばれるドキュメントの提出を求められることが多くあります。これは、工事中に作業員が誤って建物の共用部の壁などを損傷した場合に、工事会社が加入している保険で補償されることを示す書類です。IIJ America でも、現場で工事入館を行う際には、この COI の提出を求められるケースがあります。ビルごとに要求される保険金額や加入条件が異なるため、工事業者が条件を満たした COI を提出できるかどうかも重要なポイントになります。※この書類を提出するまでは、原則として工事作業を一切行わせてもらえません。


ベルシステムの分割から、現在のインターネットの覇権の事情

インターネットプロバイダーの選択肢が少ない理由は、建物による制約だけではありません。この構造の背景には、ベルシステムの分割と、その後に形成された地域独占に近いインフラ構造があります。

アメリカの回線・ISP事情を語る上で避けて通れないのが、Bell System の存在です。かつてアメリカの通信は、AT&T を中心とするベルシステムによって全国一体で提供されていました。電話網、長距離回線、交換機、運用体制までが統合されており、非常に中央集権的なモデルでした。

1984年の分割によって、AT&T 本体と地域通信会社(いわゆる Baby Bells)に分かれ、中央集権の時代は終わります。その後、1990年代から2000年代にかけて Baby Bells の再編・統廃合が進みました。この再編の時期は、通信会社の役割が電信・電話中心からインターネット中心へと移り変わるタイミングとも重なっており、その結果、現在のインターネット業界における地域ごとの覇権企業が形成されていきました。



1984年の分割後の簡略図(上記は代表的なもののみ。実際の統廃合はもっと細かい粒度で行われている)
1984年の分割後の簡略図(上記は代表的なもののみ。実際の統廃合はもっと細かい粒度で行われている)

1984年と現在の分布イメージ
1984年と現在の分布イメージ

 


さらに、電話網と同様に全米規模で自社設備を展開していたケーブルテレビ会社もブロードバンド市場に参入しました。

特にComcast、COX Communications、 Charter Communicationsといった企業は、電話系キャリアとは異なるケーブルテレビ網を活用し、家庭向けインターネット市場において主役となっていきます。その結果、現在のアメリカでは、AT&T、Verizon、LumenとCATV各社が、それぞれ特定の地域で強い影響力を持つ構造が形成されています。



FCCデータをもとにChatGPTで作成したCATVの地域毎の覇権図
FCCデータをもとにChatGPTで作成したCATVの地域毎の覇権図


家庭やオフィス向け回線は、「最後の1マイル(ラストワンマイル)」の敷設コストが高いため、既存インフラを保有する事業者が、そのまま地域の覇権を握り続けるケースが多くなっています。


インターネット・回線障害

インターネット・回線障害の発生頻度は、日本と比べてアメリカの方がかなり多く発生します。あまりにも日常的に発生するため、短時間で復旧するような障害については、いちいち問題視しない人も少なくありません。ビジネス利用であっても、一定時間以内に復旧すれば、それ以上深掘りしないという考え方が一般的な場面もあります。

日本では、障害が発生した場合に原因や再発防止策をまとめた報告書の提出を求めることがありますが、同様の対応をアメリカのキャリアに求めても、応じてもらえるケースは稀です。また、買収や人員整理を繰り返してきた背景から、古い設備が故障した際に、それを熟知したエンジニアや運用体制がすでに存在せず、迅速な対応ができない場合もあります。

こうした状況でクレームを入れると、現在の問題に対する直接的な改善ではなく、より高額な新サービスを提案されることがあります。「新サービスを利用すれば、今より品質が向上する」といった説明を受ける一方で、既存サービスの安定化や原因究明には踏み込まれないこともあり、現場感覚としては違和感を覚えることがあります。結果として、「こちらが求めているのは今起きている問題への対処なのだが」と感じるような、認識のすれ違いが生じる場面も少なくありません。

このあたりは、障害に対する受け止め方や優先順位の違いに加え、多少の不安定さを前提としてサービスを利用するという、アメリカ特有のおおらかな国民性やビジネス文化が影響しているのかもしれません。



On-net / Off-net が全てを左右する

アメリカで回線調達を行う際、最初に確認すべきキーワードが On-net / Off-net です。On-net とは、キャリアのファイバーがすでに建物まで引き込まれている状態を指します。この場合、工事は建物内に限定されるため、比較的短納期かつ低コストで回線が提供されます。見積もりやサービス開始時期の見通しも立てやすく、調達リスクは相対的に低くなります。

一方、Off-net は、現状では建物内にキャリアの設備が存在せず、新たにファイバーを敷設する必要がある状態です。前述したとおり、都市部では建物の構造や管理規約の制約により新規事業者の参入が難しいケースがあり、郊外では距離や工事コストが大きな障壁となるため、最終的に回線提供そのものを断念せざるを得ない場合もあります。

そのため、都市部・郊外を問わず、回線提供を検討する前に、少なくとも以下の点を事前に確認しておく必要があります。

 

  • 希望する回線キャリアが On-net か(Off-net の場合は追加条件も確認)

  • 建物のルール上、新規事業者の入線が許可されているか

  • 建物内に設備を設置する場合の工事費用はいくらか

  • サービス開始の想定時期はいつになるか

 

これらは回線サービスを提案する前に確認すべき事項のほんの一例に過ぎませんが、日本と比べると事前に考慮すべき制約が非常に多く、回線調達そのものが計画段階から難易度の高い作業になることが分かります。



最後に

アメリカの回線・ファイバー事情は、技術仕様だけで理解できるものではなく、ベルシステム分割以降の歴史や、建物・立地による制約、On-net / Off-net といった現実的な条件が大きく影響しています。日本と同じ感覚で回線調達や冗長構成を検討すると、想定外の制約に直面することが多々あります。

本稿では、プロバイダー選定や回線品質が前提条件によって左右される点を中心に整理しました。アメリカでネットワークを設計・運用する際には、回線そのものだけでなく、その背後にあるインフラ構造や歴史的背景を理解することが重要になります。

次回は、こうした回線やファイバーが集約されるデータセンターに焦点を当て、アメリカにおけるデータセンターの立地や役割について掘り下げていきます。

 



参考URL

Wikipedia: Regional Bell Operating Company https://en.wikipedia.org/wiki/Regional_Bell_Operating_Company

FCC National Broadband Map https://broadbandmap.fcc.gov/home

Flowing data: Flowchart showing the splits, mergers, and acquisitions of the former Bell Telephone Company

CableTV.com: Ziply Fiber availability map

Brightspeed service availability

Broadbandnow: Frontier Internet Availability Map


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